私の愛する人々よ、神がその教えを変えることができたなら、彼はもう神ではありませんでした。
神の言葉は変わらないし、変更されることはなく、また永遠に変わることはない;それは神のように永遠です。
神は人々に生活の基準を与えましたが、愛の戒めですが、同時に神の愛と神の恐れが結びつけられるべきであるとも言いました。
愛が常に求めなければならない贈り物であるように、神の恐れもまた偉大な贈り物です。
この真に邪悪な世代の人々はすべてを歪めており、今では誰一人として神の恐れについて語る者はいません。彼らは神の愛について話しますが、恐れについては言及しません。なぜなら、恐れと愛とは相容れないものであり、調和させることはできないと言うからです。
彼らにとっては愛と神の恐れは不可解なものである。要するに、彼らは自分たちに都合が良いことを受け入れ、困惑をもたらすものを拒否しています。
したがって、神の怒りに逆らう者には注意せよ!
誰がまだ神の恐れについて語るのか?
誰がまだ神聖な正義について語るのか?
だれが、サタンの世界における存在や、彼とその反逆軍が神および人々に対する戦いを指揮し、不幸にも後者の中から協力者を見つけていることについて語るのか?特に奉献された魂たちでさえも含めて、司祭や主教を含むことなく。
神の怒りに挑戦するものを警戒せよ! 神はその怒りにおいて恐ろしい存在である。便利な考え方に頼って、神の中には愛と慈悲のみがあるという理由で神の怒りに挑戦する者たちもまた警戒せよ!
許容的意志があり、それは主が不実な民を軽蔑することを非常によく説明している:戦争、革命、流行病、地震そして無数の他の災厄は悪魔から来るものだが、神によってその慈悲深い目的のために許容されている。
ソドムとゴモラの破壊やその他多くの罰は、人々を改めるためではなく、むしろ許可されたものである。普遍的な洪水自体も地獄によって引き起こされ、人間たちの共謀により実現した。
したがって神を愛し、恐れよ。あなたが生涯に行った全ての悪徳は最終審判において神の前に並べられると同様に、あなたは行った善いこともまたそのようにされるであろう。
神を愛し、そして彼を恐れよ。すでに行われたあなたの全ての悪徳について赦しを求めるが故に、永遠なる父からの判決は天国への門を開くこととなるであろう。
これが今夜のための私のメッセージである。
サタンによって世界がますます操作されているこの時期に、これを深く考えよ。
私はあなたたちを愛し、祝福する。
あなたの天国の母、キリスト教慈悲の母マリア